5月になると、椿や山茶花の植木からなにやらプチプチ…プチプチ…と小さな音が聞こえてくることがある。不思議に思ってよく見ると、おびただしい数の毛虫が整列して葉を食んでいる禍々しい光景に気づいて、思わず身の毛がよだつ。チャドクガの幼虫である。
チャドクガ Euproctis pseudoconspersa
16.06.20 東京都調布市
「蛾の鱗粉には毒がある」という広く流布したステレオタイプは、99%の種については間違っているが、(その名のとおり)チャドクガに関してはその限りではない。幼虫も成虫も、体の表面に「毒針毛」なる毛を生やしており、これに触れるとひどくかぶれるそうだ。
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ところで、私の大学の研究室の窓の目の前に、山茶花の木が数本植わっている。すでにオチがバレバレだが、案の定枝いちめんにびっしり張り付いたチャドクガの幼虫を見つけてしまった。
▲ チャドクガの幼虫。葉1枚にざっと2~30匹ついている。
毎朝研究室のカーテンを開けるたびに、どうしても目に入ってしまう毛虫の大群。怖いもの見たさで毎日観察していると、これでなかなか秩序だった行動をすることがわかってきた。採餌は必ず整列して行うし、枝から枝へは必ず群れで移動する(これは、照葉樹の硬い葉に「最初の一口」をいれるコストを減らす役に立っているということらしい)。群れる虫、というといかにも厭らしい響きだが、同種他個体を見分けて何らかのコミュニケーションを取らねばできない芸当だから、なかなか賢いものである。彼らの行動をもっとよく観察するために、思い立って数匹捕まえてみることにした。
▲ 捕獲直後の様子(6/10)。5匹捕まえた。
サザンカの葉をすこし折り取って餌とした。2Lペットが虫カゴ代わり。
6月10日: 1日目
初めは新しい環境に戸惑ったのか5匹ともじっとしていたが、しばらくすると枝やペットボトルの壁を昇り降りして探索し始めた。観察の結果、チャドクガの幼虫は、歩きまわる以外に①他個体と出会うと頭を激しく上下に振る ②割り箸などでつつくと体の前後を強く反らす という2種類の特徴的な行動を示すことがわかった。特に①は集団としての規律ある行動を生み出すのに何らかの役割を果たしているのかもしれない。
▲ 数時間経つと、いつの間にか一枚の葉に整列していた。
6月11日: 2日目
どうやら5匹ではパワー不足だったらしく、一口も葉っぱには口がつけられておらず、ウンコだけして痩せていた。かわいそうなので、破いた葉っぱを与えたら、歩いて行って食べ始めた。
6月12日: 3日目
早くも3日目にして3匹が繭を作り始めた。
▲ 茶色の球状のものが繭。意外と目が粗い。
6月14日: 5日目
全個体が繭を作った。
6月28日: 19日目
そろそろ蛾ボトルの存在を忘れかけていたある日、自分の研究室のブースの扉を開けると、蛾が一匹飛んでいた。羽化した成虫がボトルから出てきたらしい(油断して蓋を開けっ放しにしていた)。虫カゴで捕獲して、外に逃がしてあげた。ボトルにはティッシュで栓をした。
▲ 大きな触角があるので雄。心持ちアジフライに見える。
▲ 離す直前。なかなかカゴから離れようとしなかった。この頃には野外のツバキやサザンカからも幼虫の姿は消えていた。
6月29日: 20日目
翌日も新たにもう一匹羽化していた。羽の模様に少し個体差があるのが面白い。こちらは触角が目立たないので雌だろう。
▲ 翅の端のドットが1匹目よりも多い。
また、この日はブース内でもう1匹やや羽化に失敗した体の成虫が発見された。おそらく28日目までに羽化したものだろう。2匹とも合わせて逃がしてあげた。
おわりに
その後2週間ほど経ったが、新たな成虫は現れていないので、残念ながら残りの2匹は蛹のまま死んでしまったのかもしれない。とはいえ、ほとんど手入れなしで半分以上は羽化まで行き着いたので、流石にしぶといというか、なかなかお手軽な飼育であった。今後も身近な芋虫毛虫の羽化に挑戦してみたい。
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